新・仏教説話 第一話-第十話

第一話 一つかみの宝

新・仏教説話 第一話 一つかみの宝

その昔、インドにたいそう慈悲深い王さまがいました。
ある時、王さまは、“布施行”を思いたち、宝物を山と積んで、貧しい人たちに、一つかみずつ与えることにしました。
これを聞いた人々は、お城に押しかけ、それぞれに王さまから宝をもらっては、喜んで帰って行きました。

あるときそこに、一人の旅の僧がやって来ました。
「私も小さな家を建てたいと思って、宝をいただきにまいりました」
「そうか、遠慮せずに一つかみお取りなさい」
そう王さまにすすめられて、喜んで宝を手にした僧は、なんと思ったのか、宝を元に戻しました。

不思議そうな顔をする王さまに「申しかねますが、この一つかみの宝では家を建てるのがやっとで、結婚することまではできません。
いっそのこと、いただかない方が良いと思います」と言いました。
黙って聞いていた王さまは「では、もう二つかみお取りなさい」と言いました。
彼は喜んで取りましたが、またもや元に戻しました。
王さまは驚いて「まだ足らぬのか、では特別にもう七つかみ差し上げよう」と言うと、彼は感謝して宝をつかみかけましたが、またまた宝物を、元に戻してしまいました。
さすがに王さまもイライラして「まだ足らないのですか」と言いました。

すると僧は「はい、考えてみますと、家を建て嫁をもらい、田畑を買い、ぜいたくをしても、もしたとえば病気でもしたらどうなるでしょう。
そんな時にも安心できる財産がないと不安になります。
だからいっそ頂かない方が良いと思うのです」と言ったのです。
これを聞いた王さまは、ついに意地になって「私も一国の王、思いきって、この宝をそなたに全部差し上げよう。
それなら不安はないであろう」と言いました。

旅の僧は、じっと宝の山をながめていましたが、やがてくるりと向きを変えると、王さまに一礼をしてその場を去ろうとします。

「宝はいらないのか!」と叫ぶ王さまの声に振り返った僧は、「私は思ったのです。
どんなにたくさんの宝物をいただいても、心の不安を消すことはできません。
欲を起こせば起こすほど苦しみは増すばかりです。
それならば私は、今の修行の生活のままで充分です。
人生は無常、先のことばかり思いわずらうより、今を精一杯生きることが大切だと気づきました。

私にとって、このたった一つかみの真理こそが、王さま、あなたからいただいた何にも勝る宝です。

王さま、あなたの人生にも、幸いと安らぎがおとずれますように」
こう言って静かに合掌をし、お城を去りました。

私たちも、外の宝ばかりに心を奪われず、今日の生命という、一つかみの宝を大切に生きていかなければならないでしょう。 

(W)

ページトップへ