新・仏教説話 第十一話-第二十話

第十六話 床屋さん談義

新・仏教説話 第16話 床屋さん談義

私が、月に一度お世話になる床屋さんは、大の話好きです。

ある日のこと、この床屋さんが、こんなことを言いました。

「私は学問もないし、毎日、人さまの頭を刈るだけ、これじゃあ一生、仏さまにご縁はないかもしれませんね」こう言われて、私はウーンと考えました。そして、ウパーリというお釈迦さまのお弟子のことを思い出したのです。

ウパーリは、お釈迦さまの故郷、カピラ城の町に住む床屋さんでした。お釈迦さまが、お悟りを開かれて後、初めて故郷に帰られた時のことです。ウパーリが、お城に呼ばれて、お釈迦さまの頭を散髪することになりました。毎日、仕事に追われる、貧しいウパーリには、お釈迦さまのお説教を聞くような機会はありません。しかし、ありがたいことに、今日はその尊いお姿を、間近に拝することが出来るのです。ウパーリは感動しました。「お釈迦さまというお方は、噂以上に素晴らしい方だ」そう思ったウパーリは、できることなら、一生この人のお側に仕えたいと思いました。でも自分の立場を考えると、とてもそんなことは口に出せません。

そんな時、彼の心を察したのでしょうか、お釈迦さまがこうおっしゃったのです。「ウパーリよ、仏の悟りの世界には、立場の違いなどないのだよ。あるのは修行の違いだけなのだよ」これを聞いたウパーリは、びっくりしました。ウパーリだけではありません。お側にいた、お釈迦さまの従弟のアナンやアナリツも、この言葉に感動したのです。そしてアナリツが言いました。「世尊よ、願わくば、私たちをお弟子にしてください。そしてよろしければ、このウパーリもお弟子にしていただきたいのです。私たちが、目を醒ます縁を作ってくれたのは、このウパーリです。もしお許しいただけるのなら、私たちはウパーリを兄弟子として敬いたいと思います」

この申し出に、お釈迦さまは、ニッコリと微笑み、肯かれました。なぜならこの願いこそお釈迦さまの望むところ、故郷に帰ってこられた最大の目的だったからです。

「だから仏さまの教えには、立場や職業の差別はないんです。大切なのはご縁、仏さまの教えを聞いて、ありがたいと思うかどうかが鍵なんですね」

頭を刈って貰いながら、私はこう答えました。床屋さんもナルホドと肯いてくれます。お釈迦さまとウパーリとまではいかないまでも、これもまた仏縁なのでしょう。

私は、折に触れ、時に触れ、縁ある人と、心の対話をする大切さを、この時に教えられたのでした。

(M・N)

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