新・仏教説話 第十一話-第二十話

第十五話 穢(けが)れなきサンキャッチ

新・仏教説話 第15話 穢(けが)れなきサンキャッチ

サンキャッチは、七歳の男の子です。彼のお母さんは、彼が生まれると同時に死んでしまいました。いえ、お母さんが死んだ後で、彼が生まれて来たといった方が正しいでしょう。お母さんを火葬しようとした村の人が、お母さんの大きなお腹を棒でつついた時、サンキャッチはオギャアと生まれたのです。そして、その棒が、赤ん坊の目に当たったのでしょうか。サンキャッチという名前は、棒で目を傷つけられた者という悲しい意味があるんだそうです。

村の人たちは、そんな奇跡の赤ん坊をたいそう可愛がりました。でも、親のいないサンキャッチには、棒で傷つけられた目よりも、心の中に大きな傷がありました。だからでしょうか、村にやって来られたお釈迦さまを知ると、「私も出家させてください」とお願いしたのです。お伴をしていたお弟子たちは、「こんな幼い子には、出家はまだ無理です」と言いました。

ところがその時、お釈迦さまは、「この子が、そなたたちの足手まといになるより、そなたたちがこの子の足手まといになる時があるであろう」と、彼の出家をお許しになったのです。

ある日のこと、三十人のお弟子と一緒にサンキャッチは、森の中に入って行きました。みんな森の静かな所で瞑想するためです。幼いサンキャッチは、その“世話係り”でした。ところが、その森には四百九十九人もの子分を持つ山賊(さんぞく)が住んでいました。自分たちの縄張りを荒らされると思った親分は、子分に命じ、お弟子たちに攻撃をしかけて来たのです。

あわてるお釈迦さまのお弟子たち。その時、サンキャッチが大きな声で言いました。「おじさんたち!修業の邪魔をしないでください。この方たちは、まったく争いを好みません。もし、ボクでよかったら、おじさんたちの好きなようにしてください」これを聞いた親分は、「なにを言うか小僧!」と刀を振り上げました。でも、少年のその目を見れば、なんの穢れもなく、恐れもないのです。親分は振り上げた刀の納め所に困ってしまいました。ところが親分ともなると、子分と違って知恵が回ります。

「わしの刀は、この子の上に降りるのを嫌がっている。心の無い刀でさえ、人の気持が分かるというものだ。まして、俺は心を持った人間だ。今から、俺はこの子の弟子になる」と言ったのです。

こうして、七歳のサンキャッチには、なんといっぺんに五百人もの弟子ができたのです。この縁は、彼が母親の胎内に宿った時から約束されたものであると、お釈迦さまは、お弟子たちに語られたそうです。いのちって本当に不思議なものですね。

(J・N)

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