交流の広場「微笑苑」 001-010

第二話 素晴しき靴みがきの青年

交流の広場「微笑苑」 No.002 素晴しき靴みがきの青年

ぜひ、長谷川如是閑さんという人のエピソードを紹介させてください。

長谷川さんは新聞社に務めていた人です。
六十年あまり前の敗戦の混乱期、人々の心もすさんでいた頃の話です。

ある日、長谷川さんが、東京のお茶の水駅に降りた時のこと、汚れていた靴をきれいにしようと見回すと、ちょうど駅前に靴みがきの青年がいました。
「みがいてくれ」と言って足を出すと、青年は「はい」と返事をして、ハケで靴の埃を払ってから言いました。
「旦那さん、すばらしい靴ですね。こんな皮は、今の日本にはありませんよ。
私の持っている靴墨を付けたら、せっかくの皮がかえって駄目になってしまいます。
どこかちゃんとした店に行かないと、この皮に付ける靴墨はありませんよ」と、なんと磨くのを断わったのです。

びっくりしたのは長谷川さんです。
断わられたのは始めて。
でも「そんなこと言わんで、僕は急ぐんだから、ちっともかまやせん。やってくれ」とたのみ ました。
でも青年は、「いや、私は靴みがきですが、自分の良心に恥じる仕事はできません。この皮には私の靴墨は付けられません」と言ってガンとして受けつけません。
それならと、長谷川さんはポケットから小銭を出して、「少ないが取っておいてくれ」と言うと、彼は、「私は仕事もしないのに、お金はいただけません」と、どうしても断わります。
仕方なく礼を言うと、長谷川さんは先を急ぎました。

でも、この靴みがきの青年のまっ正直な気持ちがうれしくてたまらなかったのです。
感激した長谷川さんは、さっそく翌朝の新聞に、『日本未だ亡びず』と題して、昨日の出来事を書き、「彼のような青年たちがいる限り、日本は大丈夫だ」と主張したのです。

ところで、二、三日経った日のこと、一人の大学生が長谷川さんに面会に来ました。
よく見るとあの靴みがきの青年です。
彼はあの記事の載った新聞を、できるだけたくさん買うと、自分のこととは一切言わず、靴みがきの集まりで読ませたそうです。

そして、靴みがきの仲間のこんな行いもニュースになるんだ。
みんなも負けない様、日本再建のためにも頑張ろうと訴えると、皆が涙を流して「やろうやろう」と誓ってくれたというのです。
長谷川さんは、またまた感激し、これを記事にしました。

良心に恥じない勇気のある行いを、お経の言葉では「勇猛精進(ゆうみょうしょうじん)」と言います。

この青年の行いを、きっと仏さまも、ほほえんで見ておられたことでしょう。

(T・T)

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