交流の広場 微笑苑 第十一話「チャペル ウェディング」
今回の微笑苑のテーマは「形式化する信仰と寺の役割」です。
- 神社と教会を並べた結婚式場に感じた信仰の形骸化への違和感。
- 宗教がムードやサービスとして扱われる現代への疑問。
- 寺は式場ではなく道場であるべきという理想と現実の葛藤。
彼岸の頃、説法へ向かう途中で目にしたのは、神社と教会が並ぶ不思議な建物でした。結婚式のために宗教が並べられる光景に、違和感と戸惑いを覚えます。現代における信仰のあり方と、お寺の役割について考えさせられる一幕です。
第十一話「チャペル ウェディング」
彼岸の頃だった。説法を頼まれた私は、仲間の和尚と車で近くの町まで出かけた。その時、あるビルの屋上の、異様な建物が目に止った。良く見ると、一つはお宮のお社とおぼしき物、もう一つは教会のチャペルだった。しかし間違いないのである。その二つが同じビルに並列して建っている。
「ちょっと見て、見て」私は運転している友人の膝をつついてしまった。彼は「またか」というような顔でチラッと目を横にやり、言ったのだった。「知らないの、あれは結婚式場の建物だよ」「えっ、お宮と教会と並んでいるのがかい?」「今、流行りらしいよ。両方なければ、客がとれないんだって。」
そう言われて、よく見れば、そのビルには「○○会館」と書いてある。私は以前、東京の電車の中で見た、某ホテルの広告を、ふと思い出した。〈当ホテルには、素敵なチャペルも併設しています〉あの時はピンと来なかったが、今その謎が解けた思いがしたのである。
「要するに式はサービス、そのかわりに披露宴でガッポリ儲けようとい うのが、業者の狙いだからね」今頃、気がついたのかといわんばかりに、 彼は私に話した。「洋風にやれば文金高島田はいらないから、合理的といえば合理的だよ」「しかし、若い者がみんなクリスチャンだとは限らないだろう」私には納得がいかない。「ムードなんだよ、ムード。神さまなんてのは、アクセサリーだという感覚でいるんじゃないか」
ウーン、なんとも許しがたい。日本人のいい加減さも、ここまで来れば将来に大きな禍根を残す。そう力んだら「それなら俺たちの寺でも積極的にアピールして、結婚式でもなんでもできるようにすればいいってことか」と彼が突っ込んで来た。
「だいたい君は、批判は鋭いけど、行動は鈍い。活きた仏教を広めたいのなら、もっと社会のニーズに応えるようなお寺づくりをしなければダメだよ」と、自分を棚に上げて、耳の痛いことを言う。でも狭い車の中では、逃げ出すわけにもいかない。なんとか鉾先をかわす言葉はないかと考えた。「社会のニーズってのはおかしい。我々坊さんは社会をリードしなけれ ばいかん。お寺は式場じゃない、道場なんだ。俺が目指す寺づくりは、それなんだよ」
しかし、この言葉は私の強がりでしかなかった。なぜなら、仏の教えを信じ、仏前に永遠の愛を誓う、そんなカップルの訪れを、私も待っているんだから。
対談のお相手(J)



