住職エッセイ集 蓮の実通信 No.028「消えざる怨み」
今回の蓮の実通信のテーマは「怨みを超える心の道」です。
- 人は他者への怨みを抱き続けやすく、その連鎖は尽きない。
- 戦後の苦難の中で屈辱を受けた女性が長年怨みを抱える。
- 怨みは怨みでは消えず、手放すことでのみ解かれると説く。
人に傷つけられたとき、その思いを忘れられずに抱え続けてしまうことがあります。怨みの心は深く根を張り、時を経ても消えないものです。しかし仏さまは、その苦しみから解き放たれる道を示されています。ある女性の体験を通して、その教えを考えてみましょう。
「消えざる怨み」
他人に冷たい仕打ちをされた時、私たちは「死んでも忘れるものか」と相手を怨むことがあります。怨みは、古今東西、たいそう始末の悪いもので、人間の歴史は、その怨みの繰り返しと言われるほどです。
試みに、お経をひもといてみると、お釈迦さまのこんな言葉に出会いました。 『〈彼、われを罵り、彼、われを打ちたり。彼、われを打ち負かし、彼、われを奪えり〉かくのごとく心執する人々に、怨みは、ついにやむことなし』 きっとお釈迦さまのもとにも、忘れられない怨みをかかえた人が、自分の胸の内を聞いて欲しいと集って来たことでしょう。そんな悩める人々に、お釈迦さまは、どのように答えられたのでしょうか。
私は、そんな思いにふけりながら、ある戦争未亡人のことを思い出したのです。 敗戦後しばらくは、国民の誰もが、食糧の危機にさらされた時期です。二人の幼な児をかかえた彼女の毎日は「この子たちを、ひもじいめに遭わせたくない」という思いだけでした。売れる物は全部売り、とうとう底をついてしまった時、彼女は最後の頼みの綱と、本家の門を叩いたのです。ところが応対に出た義兄嫁に、ケンもホロロに「その格好は何なの。食べ物が欲しいなら、裏にまわって納屋のカボチャでも持っていくがいいわ」と冷たくあしらわれた彼女は、くやしさのあまり、二人の子の手をぎゅっと握りしめ、逃げるようにして本家を後にしたそうです。
「こうなったら、誰も頼るものか。いつか本家を見返してやる!」そう誓って生きて来た三十余年、その甲斐あって二人の子も立派に成長し、孫にも恵まれ、家も建て直すことができるようになりました。そして古い家を解体する時、彼女はお経をあげてくださいと、私のいるお寺にやって来たのです。 「考えてみれば、この家は私の怨みの思いでいっぱいです。義兄嫁のあの言葉があればこそ、今日があるのですが、それを許してしまえるほど、私は人間ができていません」と語る彼女の記憶の中に、今なお残るあの日の屈辱。それを払おうとして払えないと思い知った時、彼女はやはり仏さまのお慈悲にすがるしかないと思ったのでしょう。
『まことに、怨みごころは、いかなるすべを持つとも怨みをいだくその日まで、人の世にはやみが たし。怨みなさによりてのみ、怨みはつ いに消ゆるべし。これ易らざる真理(ま こと)なり』お釈迦さまは、彼女 の心を見透すかのように、こう語りかけていらっしゃるのです。
著者(W)



