仏教標語集 伝道シリーズ No.025「名前より本質」

葦と書いてもヨシと読む、勝手に決めるな人の善し悪し

今回の伝道シリーズのテーマは
「弱き葦として生きる人間のあり方」
です。

パスカルの「人間は考える葦である」という言葉は、人間の尊さと同時に弱さをも示しています。風に揺れる葦のように迷いやすい私たちですが、自ら考える力を持つ存在です。狭い見方にとらわれず、謙虚に心を広げる努力が大切なのです。

葦と書いてもヨシと読む、勝手に決めるな人の善し悪し

フランスのパスカルという思想家の言葉に「人間は考える葦(あし)である」という言葉があります。

数学者でもあり物理学者でもあった彼は、実によく物事を考える人でした。台風情報でよく耳にする“ヘクトパスカル”という気圧の単位は、彼が発見した圧力の原理に因んで、付けられたものです。

しかし、そんなに偉いパスカルでも、この名言の後には、「されど弱き葦である」といい遺しています。葦は、川や沼の岸辺に群生し、二~三メートルにも成長するイネ科の多年草ですが、背が高いために風にも靡きやすくなります。それと同じように、人はなかなか信念の定まらない者です。

イカを干した鯣(するめ)のことを、あたりめなんて言ったりもしますね。それと同じ感覚なのでしょうか、昔の人は、「あし」という読みは、「悪し」を連想させるからと、「よし(善し)」と読みかえたのだそうです。葦の茎で作ったすだれを葦簀(よしず)と言いますよね。<だけど、「葦(よし)の随から天覗く」と言うような狭い量見の人にはならないように、お互いに努力をしましょう。

(寺の友社 教宣編集室 謹製)

伝道シリーズとは

ご寺院や宗教施設の伝道掲示板に掲載する標語集です。
※このシリーズの標語は自由にご使用いただけますのでぜひご活用ください。