交流の広場 微笑苑 第二十一話「足の裏」
今回の微笑苑のテーマは「足の裏に学ぶ奉仕の心」です。
- 足の裏の働きに、目立たぬ大切さと宗教的意味を見出す。
- 寺での生活に尽くす妻の姿に、陰の苦労と感謝を覚える。
- 詩の教えを通じ、他者に仕える奉仕の精神の尊さを知る。
普段は意識することのない足の裏。しかし、私たちの身体を支え、黙々と働き続けるその存在には、大切な意味が込められています。日々の暮らしや身近な人の姿を通して、目立たない働きの尊さと、奉仕の心について考えさせられるお話です。
第二十一話「足の裏」
あなたは、足の裏に感謝したことがありますか。ちっとも目立たないけど、一番大切な役割を果してくれている足の裏。ながめれば、ながめるほど、私は足の裏に宗教的な意味を感じるのです。
私の女房の足の裏は、結婚する前は、自慢していいほどツルツルだったそうです。それがお寺にお嫁に来てから、ガサガサになってしまいました。靴下は、履けば三日と持たないし、脱げば足の裏はまっ黒になってしまいます。
「こんなことなら、あんたと結婚するんじゃなかった」と彼女はボヤきます。実際、お寺の中で生活するのは、一日中、運動場を走り回っているようなもの。そんな時私は、「だから結婚前は『女中がわりに来るようなもんだ』と言ったじゃないか」と言い返すのです。
「お寺は姑千匹、口のうるさい、じいさんやばあさんが大勢来るところ、俺の嫁さんになったのが運のツキと諦めろ」と大見栄を切るものの、心の中では「ありがとう」と感謝しております。そんな時、私はふと仏教詩人・坂村真民さんの『尊いのは足の裏である』という詩を思い出すのです。
1
尊いのは
頭でなくて
手でなくて
足の裏である
一生人に知られず 一生きたない処と接し
黙々として その努めを果たしてゆく
足の裏が教えるもの
しんみんよ
足の裏的な仕事をし 足の裏的な人間になれ
2
頭から 光がでる まだまだだめ
額から 光が出る まだまだいかん
足の裏から 光が出る
そのような方こそ 本当に偉い人である
真民さんはこう教えてくれているのです。仏教の教えの中に「給仕第一」という言葉があります。何よりも、まず他人に仕えることを旨とせよという意味です。今流に言えば、奉仕の精神ということになりましょうか。
ボランティア活動とかホームヘルパーとか、私たちのまわりには、地道な仕事をコツコツとしている人がたくさんいます。そんな人に出会うと、『働く』という本当の意味は、自分のことよりはたの人を楽にさせてやることなんだなとつくづく思います。
対談のお相手(J・N)



