伝道シリーズ第1弾

No.007 行雲流水

 一所(ひとところ)にとどまらずに各地を行脚(あんぎゃ)するお坊さんのことを〈雲水(うんすい)〉といいます。この呼び名の本(もと)になるのは、〈行雲流水(こううんりゅうすい)〉という言葉、空に浮かんで行く雲と野を流れる水という。いかにものんびりした風景をあらわす言葉です。
 転じて、少しの執着(しゅうちゃく)もなく、淡々として成り行きに身をまかせる生き方を意味するとあります。
 旅に出かけた雲水は、自然と語り、自然に学び、“人”のあるべきようを我が身に問うのでしょう。
 どんなにしがみついても、離したくないと思っても、すべてのものは移(うつ)ろいゆくと説く仏教の哲理。それを肌身に教えてくれるのは、大自然です。
 都会の雑踏の中にばかり居ては、ガツガツした人間になってしまいます。たまには野に出かけ、空を仰ぎ心を解き放つことが必要です。
 お釈迦さまは、常に静かな処(ところ)を求め、深い瞑想(めいそう)の中から、 人生の悩みに対する答えを導き出されました。
 欲にとらわれない眼でなければ、真実の姿は映りません。私(わたくし)なき心でなければ、真理は耳に届きません。
 〈諸法実相(しょほうじっそう)〉とは、あるがままを自然に学べという仏の私た ちへの語りかけなのです。(寺の友社 教宣編集室 謹製)

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