蓮の実通信

No.029 「別れのご挨拶」

 友人から聞いた、ちょっと心に浸みる話をご紹介します。
 ある日、彼の家では、お婆ちゃんの十三回忌を営むことになりました。約束の時間になり、和尚さんがやって来ました。ところが、いつもと違って、和尚さんは、二人連れです。「どうしたのかな?」と思って迎えると、「ちょっと体調を崩しておりますので、息子に連れて来てもらいました」と言って、お仏壇の前に座ったそうです。
 「その日のお経は、気のせいか、今までで、いちばん有り難いお経だったよ」、友人はそう言っていました。
 さて、お勤めもとどこおりなく終わり、家族の皆が頭を下げ、お礼を言った時のことです。お茶をおいしそうにいただいた和尚さんが、皆の顔を見わたすようにして言い出しました。
 「これで、お婆ちゃんへのご挨拶も済んだことだし、今日はひとつ皆さんに、私の気持ちを聞いていただきましょう。実は、私は昨年、直腸ガンになりましてネ、手術で悪い所を全部とってもらいました。ヤレヤレこれで大丈夫と思っていたのですが、今度は、肝臓に転移していることが分かりました。そこでまた、手術をして、今はなんとか落ち着いてはいます。でもお医者さんは、いつ再発するかも分からないとおっしゃっています。いわば、死の宣告をされているに等しい状態です。私は、お坊さんですが、皆さんと同じ凡人です。その言葉を聞いた時には、本当に悩みました。そして残された時間をどう生きればいいのかと、ずいぶん考えたのです。まわりの人は、息子も一人前になったから、すべてを息子にまかせて、のんびりしたらと言 ってくれました。でも、明日が分からない生命だから、のんびりなどできないと思ったのです。今までお世話になった人、ご縁を繋いだ方々に一人でも多くご挨拶してこの世を去りたいと思うようになりました。だから、こちらのお婆ちゃんの十三回忌にも是非お伺いして、今までのご恩に対してお礼を申し上げたかったのです。ひょっとすれば、私の生命は十七回忌の時までいただけるかもしれません。でも明日を頼むより、今日を精いっぱいに生かさせていただけるのが、今の私には何よりもありがたいのです」
 こう言って、手を合わせた和尚さん。その姿を見て、「俺とっても感動したよ。あの和尚さんは、命がけで、うちの婆ちゃんにお経をあげてくれたんだよな」と友人は話したのです。
 きっと、そこには、生と死を越えた絶対安心の仏さまの世界があらわれていたに違いありません。
(M)

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