蓮の実通信

No.020 「思い出の花まつり」

 四月八日は、花まつり。花御堂を飾り、誕生仏に甘茶をかけてお祝いする、お釈迦さまの誕生日。私たち仏教徒にとって、大切な聖日です。

 この花まつりに、私はニガイ思い出があります。
 今から四十数年前、私は祖母に手を引かれて、小学校の入学式へ行きました。無事に入学式を終えて我家に帰った私には、祖母との約束だった花まつりのお参りが、なぜか面倒でした。こっそりと家を抜け出して、友達の家へと、遊びに行ったのです。
 たまたま、家の人たちは留守で、友達が居るだけでした。注意する人が誰もいないのをいい事に、私達は、家の中で遊び回りました。
 しばらくして、遊びにも飽きた友達が、「もっとおもしろい事をしよう」と言い出し、タンスの中からお母さんの財布を取り出して来ました。彼は千円札を二枚抜き取ると、一枚を私に渡して、「これで鉄砲を買って遊ぼうよ」と言い出したのです。当時の千円は子供にとって大金です。
 「そんな事したら叱かられるよ」と嫌がっていた私も、「鉄砲なんか持ったことないだろう」という誘惑に負けて、千円ずつを手にして、近所の店へ走りました。「これちょうだい」と鉄砲を手に、それぞれお金を出した私たちに、店のおばさんが、「ほう! 大金持ってるね。入学式のお祝いのお金かい」と言って、おつりをくれました。
 私たちは初めて自分の鉄砲を持てた嬉しさで、有頂天になり、お金を黙って抜き取った事などすっかり忘れ、夢中で遊びました。
 しかし小さな田舎町の事です。「あの子らが千円持っておもちゃを買った」と、すぐに知れ渡りました。その話を聞いた祖母は、田んぼの中で遊んでいた私を見つけ、何も言わずに手をつかんだまま、引っぱってお寺まで連れて行ったのです。そして、泣きじゃくる私を本堂に上げると、正面に飾られた花御堂の前に座らせました。「いいかい、このお釈迦さまをじっと拝んでごらん、これはお生まれになったばかりのお釈迦さまが、天と地を指して、『私は、この世で一番尊いものだ』と宣言なさっているお姿だよ。それにくらべたら、お前のしたことは、ほんとうに恥ずかしいことだね。分かるかい。さあおばあちゃんと二人で、お釈迦さまのような正しい人にならせてくださいとお願いしような」と言いました。

 もう四十数年前の出来事だけれど、私は、住職となった今も、甘茶をお釈迦様にかけるたび、その時の祖母の言葉が聞こえてくるのです。   (W)

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