蓮の実通信

No.014 「お母さんのお守り」

   世の中には、多くの<お守り>があります。交通安全のお守り、受験合格のお守り、商売繁昌のお守り、私たちのさまざまな願いに応じて、お守りの種類は、数えきれないほど目につきます。
 でも今からお話しするお守りは、滅多に手にすることのできない、霊験あらたなお守りです。そのお守りというのは、なんの変哲もない“一粒の豆”。
 では、その秘密をお話ししましょう。

   ある所に、交通事故でお父さんを失った母子がいました。上の子は小学三年生、下の子は小学一年生。事故は、お父さんが加害者(かがいしゃ)という裁決(さいけつ)を受け、家も土地も売り払わなければならなくなり、一家は文字通り路頭に迷う身となったのです。
 お母さんは、生活を支えるために朝六時に家を出、ビルの清掃、それから学校給食の手伝い、夜は料理屋で皿洗いと身を粉にして働きました。でも、そんな生活が半年、八ヶ月、十ヶ月と続くうちに、身も心もクタクタになってしまいました。いつしかお母さんの頭には、いつも死ぬことばかりが思い浮かんできたのです。  そんなある日、お母さんは朝出がけに子供たちに置手紙を書きました。「お兄ちゃん、おなべに豆をひたしてあります。これを、こんばんのおかずにしなさいね。豆がやわらかくなったら、おしょうゆを少し入れなさい」
 その日も一日、くたびれ切って帰って来たお母さんは、今日こそ死んでしまおうと睡眠薬を買っていました。そんなことはまったく知らない二人の子供たちは、スヤスヤと眠っています。その時、彼女は『お母さんへ』と書いた、一通の手紙を目にしました。「お母さん、ごめんなさい。僕一生けんめい豆をにました。でも失敗しました。だからごはんに、水をかけて食べました。お母さん、明日の朝、もう一度僕に豆のにかたを教えてください。そして僕のにた豆を一つぶだけ食べてみてください。僕先にねます。お母さん、おやすみなさい」
 このお兄ちゃんの手紙を読んだお母さんの目に、どっと涙があふれました。「ああ、お兄ちゃんは、あんなにも小さいのに、こんなに一生けん命に生きてくれているんだ」お母さんは、そう言って、おにいちゃんの煮たしょっぱい豆を、涙と一緒に一つ一つ押し頂いて食べたのです。
 それ以来“一粒の豆”がお母さんの大切なお守りになりました。
 あの時のことを思えば、どんなことだって我慢ができるという、お母さんだけの、秘密のお守りなのです。(M)

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