蓮の実通信

No.010 「親の願い、子の思い」

 子供の成長は、親にとっては大きな楽しみです。将来、こんな人間になって欲しい、あんな仕事をして欲しいと、子供以上に、親の方が身勝手な夢を持ってしまうようです。「本人の意志を、大切にしてやりたい」といつもは言っている私も、正直なところ、本心では、自分の跡を継いで欲しいと思っています。

 我が家の長男坊は、小さい時分から「大きくなったら、お坊さんになる」と言って私を喜ばせていました。お寺で生まれたのだからお坊さんにならなければいけないとでも思っているのか、その気持ちは、十歳になった今でも変わらないようです。そこで夏休みを機会に、お経の練習を始めました。最初は嫌がるかなと心配もしましたが、意外と素直にやってくれます。一句一句を、口うつしで教える私の声に応じて、大きな声で繰り返してきます。木魚を叩く私も、自然に力が入ります。そんな折、ある檀家さんが、「それなら白衣を」と言って子供用に縫ってくださいました。すると今度は、法衣も必要という事になり、私のお古を小さくしてもらうことになりました。トントン拍子に事が進むにつれて「それじゃ、お盆には一緒にお檀家まわりに回ったら」という話まで出て来ました。思いもかけない事でとまどう私を尻目に、当の本人は、白衣と法衣を身に付けた自分の姿を鏡に写して見て、テレ笑いをしながらも、まんざらでもない様子なのです。いずれはそうなって欲しいと思っていた私ですから、これはいいチャンスかもしれないと、連れて行く事にしたのです。それからは、お経の練習は"特訓"に変わり、何とか一緒について読めるようになりました。
 いよいよ当日、目を細めながらも心配そうに見送る寺族を後に、本人は意気揚々としています。一軒、二軒と伺う檀家さんは喜んで彼を迎えてくれます。私の後に坐って読むお経も、段々と声が大きくなり、その響きの穢れのなささえも感じます。最後に伺ったお家のおばあちゃんなどは、涙を流して喜んでくれ、「立派なお坊さんになってね」と、彼の手を握りしめて言います。それにとまどいながらも「うん」と答える我が子に、側にいた私もニタニタとしてしまいました。「ご住職さん、いい跡取りができましたね」と皆から言われて私自身、目尻を下げていたのです。
 お寺に帰って、我が子に今日の感想を聞くと「足が痛かった」とたった一言。それを聞いた私は、ガックリしながら、思い込みが先行した親バカな自分の姿を思い、一人顔を赤らめてしまったのです。 (W)

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