交流の広場「微笑苑」

No.007 「息子の荒行」

 息子が百日間の “荒行” に初めて挑戦し、無事、修行を終えて帰ってきました。髭(ひげ)は、私に似て余り濃くありませんが、それでも一まわり大きくなった気がします。
 そう話すと、「やっぱり親馬鹿だね」と笑われました。でも笑われようと、馬鹿と言われようと、親は子供の成長した姿が、何よりも嬉しいものです。私が初行に入行したのは、二十六年前、その時の苦しい思い出があるだけに、息子の辛さも手に取るように分かるのです。
 修行中、息子のことが心配になって、一度だけ面会に行きました。息子は思いのほか元気でしたが、足は座りダコが破れ、大きな穴が二つもあいていました。「それくらい、たいしたことはない」と励ましたものの、私は顔をそむけました。出かかった涙を見られたくなかったからです。修行を志せば、誰もが体験することだとは知りながら、我が子のこととなると、こうも胸が痛むものなのでしょうか。
 実は、私が二度目に荒行堂に入った時、初行さんたちの教育係になったのです。眠い、寒い、ひもじいという三つの苦しみの中で、疲れてしまった初行さんたちはバテそうになります。そんな時、喝を入れ、初行さんをシゴかなければならないのが私の役目でした。教育される方も大変でしょうが、教育する方も大変なのです。
 相手になめられたのでは、ちゃんとした指導はできません。そこで私なりの工夫をしました。怠けたり、間違いを犯すと、一日に七回の水行の他に、罰として与えるスペシャル水行を考え出したのです。その “スペシャル罰水” が今になっても残っていようとは思いませんでした。「いいか、これを考えついたのは、お前の親爺だそうだからな。俺を恨むなよ」、そう言って先輩さんから罰水を受けた息子は、「なんて親爺だ、ぶん殴ってやりたくなった」と思ったそうです。もっとも、そんな気持を息子が語ったのは、めでたく百日間が終わってからのことです。
 まさか、めぐりめぐって、そんなできごとがあろうとは! 『親の因果が子に報い』と言うのは、こんなことを言うのでしょうか。しかし、そんな先輩さんのシゴキに会ってこそ、息子が逞しくなったのも事実なのです。
 お坊さんのことを “出家” と言いますが、温かい家庭や、親子の甘い関係を離れてこそ、人は自分の人生を切り開く覚悟ができるものです。
 お釈迦さまは、それを私たちに気づかせるために出家という道をお説きになったのかもしれませんね。親である私は、今、しみじみそう感じています。 (N)

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