蓮の実通信

No.007 「浮浪者の説教」

 東京で会議のあった帰り道での出来事です。京都からやって来た友人と東京駅に着いた私たちは、予定より一列車早い新幹線に乗り込みました。
 新幹線の座席は、二人席と三人席になっています。友人は「二人席にしよう」と言いましたが、私は三人席を指さし「この方が楽だよ」と主張し、まん中の席に、コートと カバンを置きました。

 「こうしておけば、誰もこない」と考えたからです。友人が「そんなことを、坊さんがしていいのかな」と首をかしげます。彼も坊さんです。「今日は法衣を着ていないからいいんだよ」と私は答えました。法衣を着ている時には、とてもそんな事は出来ません。「坊さんなのに、なんて図々しいんだ」と思われては困るからです。
 そこで友人に「こんな歌があるよ」と言って紹介したのが「世の人に欲を捨てよとすすめつつ、あとで拾うは寺の住職」という狂歌でした。これは二宮尊徳翁が弟子たちと話した時に、引き合いに出した歌だそうです。

 坊さんは、人々に欲のあさましさを説かなければならない立場にあります。それだけに、自分自身にも厳しい目を向けていないと、世の中の非難にも会うものです。
 幸か不幸か、その夜の新幹線は空(す)いていて、私は苦しい立場に追いこまれなくてすみました。
 そして京都に着いた時、私は九州行きの列車に乗り換えるために、友人とホームに降り、少し時間もあったので、いったん改札口を出ました。

 その時、一人の浮浪者が「タバコをくれないか」と近寄って来たのです。あいにく、私は新幹線の中で全部喫ってしまい、一本も持っていませんでした。そこで「分った、 自動販売機の所へ連れて行ってくれ」と彼に案内させたのです。
 今度は坊さんらしく、布施をする気分になっていました。そこで販売機から出て来たタバコ一箱を「これをあんたにやるよ」と差し出しました。すると彼が「いらない」と言 います。「いらないって、あんたがくれというから買ったのに」と言うと「他人から、たくさんものをもらうのはいけないことだ。自分は一本だけもらえばいいよ」と言って、 一本だけ受け取ると、「じゃあ」と言いながら、その場を去って行ったのでした。私と友人はポカーンとした顔で彼を見送りました。

 そして二人で、思わず苦笑いしたのです。説教する身の坊さんが、ふと出会った浮浪者から「少欲知足」-欲少なくして足るを知る-という、仏さまの言葉を教えられた気がしたからです。
 そしてなぜかこの時も「法衣を着てなくてよかったな」と思ったのでした。 (J.N)

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